7月14日 万葉苑だより

2024年7月15日

令和6年7月14日

 4月と6月は雨のため、5月は万葉祭の為お休みでしたので、今日は久し振りの万葉苑奉仕の日です。予報はあまりよくなかったので心配しておりましたが15名の参加で安心しました。
 今日はまた松山百店会から雑誌「松山百点」で万葉苑の特集をしたいからと取材の報せがありました。10時ころから阿部さん・高須さん・カメラマンと・スタッフ4名が来苑されました。万葉苑としても初めての企画で、緊張しながら取材を受けました。結果は9月号(隔月発行)で発表されることでしょう。

 最近の雨でかなり草も伸びておりましたが見事にきれいになりました。池では蓮の花がきれいに咲いていましたが、この春孵化したメダカが大きく成長し数も随分増えておりました。上甲さんがイネの苗を植えておられました。
 古代ハスと言えば、戦前中国大連近郊で発掘された、凡そ1千年前の蓮の種を大賀一郎氏が育てられた大賀ハスが有名だが、埼玉県行田市で発掘された古代ハスも有名である。松山市内では市の考古館前の古代ハスが有名である。

今日の参加者は 安永教一、重松美千代、浜口啓子、石水吉一、石水初子、竹松慎一、木野本忠志、木野本碧、大西健三郎、山之内保行、上甲和由、宮内紘直、河本真孝、白石 豊、藤原 茂 でした。

(藤原 茂)

7月12日 万葉苑だより

2023年7月12日

令和5年7月12日(水)

 今日は万葉苑保存会の総会日です。11時から神社の旧社務所会議室で開催しました。出席理事は9名・委任状10通で総会開始。

 初めに大西会長の挨拶の後、会長議長となり令和4年度事業・決算報告について審議し、監事の監査を紹介し、異議無く原案通り承認決定しました。続いて令和5年度の事業計画と予算についても承認決定していただきました。
 次に松山コンベンション協会と、道後温泉旅館協同組合から、それぞれ会長・理事長の交代により、大塚岩男、奥村敏仁に理事変更の申し出があり全員の了承を得ました。
なお、松山ボーイスカウト第16団から新規加入の希望について全員異議無く了承されました。そこで、16団委員長山下正純氏の理事就任を伺いこれも全員の了承を得ました。

今日の会議では高木の処理や坊蚊処理など十分配慮して事故などの防止について配慮するよう厳重な注意がありました。特にすべてをボランティアの実態に触れられ充分な注意を促せられました。

そのほか久しぶりに開いた万葉祭が話題になり、八木理事の講演と配布資料が好評でした。

今日はまた苑の蓮の花が一輪見事に咲いており、まさに「泥中の蓮」と言われるように仏の化身かとも思われる風情でした。この様子役員の皆さんにも披露しました。

藤原

7月10日 万葉苑だより

2022年7月11日

令和4年7月10日

 梅雨も早々に明けて朝から蒸し暑い猛暑です。
早々に白石さんから愛媛県隊友会会長瀬川紘一郎さんが急逝されたと聞き、びっくり仰天。
いつも万葉苑の奉仕日には、元高級自衛官だったなど想像もつかない温顔で黙々と作業されていました。
先月の奉仕日に珍しく欠席でしたが、その頃から入院されていたようで、うかつさを恥じております。心から謹んでご冥福をお祈りいたします。

 さて、今日のミニ講座は「はちす(はす)」
苑内の池では小倉さんが導入した蓮が、数日前花が咲いたばかり。
泥沼に育った蓮からあの綺麗な花が咲く不思議さ。今では仏教と深い関係がありますが、万葉時代にはまだ仏教とは関係がありません。
それにしても、蓮を詠んだ歌四首の内花を詠んだものがありません。不思議です。

 先月から万葉苑中央広場の雑草抑えの為、真砂土を敷き始め、今日はほぼ半分程度完成しました。

 

なお、今日の参加者は以下の18名でした。ご苦労さまでした。

河本真孝、越野光男、木野本忠志、弓場 巌、山之内保行、上甲厚志、上甲和由、石水吉一、石水初子、辻原 実、重松美千代、辻内秀明、浜口啓子、宮内紘直、村上英子、小倉ルリ子、白石 豊、藤原 茂。

6月26日 万葉苑だより

2021年6月26日

令和3年6月26日

 今日は早朝から松山北倫理法人会の奉仕を頂きました。
早朝の6:30から7:30まで、会長の兵頭栄助さん達51名の奉仕でした。
倫理法人会の奉仕は毎月受けておりますが、今日は特別の奉仕でした。
中には子供さんまで参加され1時間びっしり作業され、お陰で苑は見違えるようにきれいになりました。

実はこの日私は丸山墓地の清掃奉仕の日で、万葉苑は白石豊さんからの報告でした。改めてお礼申し上げます。有難うございました。

 この日万葉苑では見事な蓮の花が開いて、倫理法人会の方々をお迎えしておりました。

万葉には

 「久方の雨も降らぬかはちす葉にたまれる水の玉に似たる見む」

など四首が詠まれています。

当時は「はちす」と呼ばれていましたが、極楽浄土に咲く花として広くなじみの深い花です。

(藤原)